書評 『労働組合運動とはなにか』 熊沢誠

下町ユニオンニュース 2021年8・9月合併号より
岩波書店 2013年刊

 この本の著者の熊沢誠さんは長年にわたり、資本主義の下で過酷な競争と選別に投げ込まれる労働者の姿を見つめてきた労働研究者です。他にも『働きすぎに斃れて―過労死・過労自殺の語る労働史―』(岩波書店)など、労働者の苦難に寄り添う著作があります。

 この本の最大の特徴は、欧米や日本の労働組合運動の歴史を丁寧に振り返り分析しつつ、競争と選別を強制される社会で身も心も踏みにじられる労働者ひとりひとりにとっての労働組合とは何か、という点を丹念に語ろうとするところにあります。

 「仕事に分業があるかぎり、たいていの仕事は『ぱっとしない』地味な労役であり、多数者ノンエリートがそれを担います。とはいえ、はっきりしていることは、そういう人々こそが、そのノンエリートの立場のままで、支配され操作されることなくやってゆける社会でなければならないということです。それを可能にする自主的な営み、それは労働組合運動です。だから労働組合とは、ノンエリートが昇進しやすい制度をもたらすというよりは、昇進なんかしなくとも、昇進していったエリートの思いのままにならない―そんな地点で開き直る人々の拠るものです」(第1章「労働組合原論」より)。

 彼は、このような視点から、日本の労働運動の主流となってきた企業別組合の在り方を根本的に批判します。能力主義的な競争と選別の哲学を内面化した「精鋭正社員」を中心とする既存の企業別組合では、その競争と選別の中で労働者が直面する「個人の受難」に寄り添うことはできない。企業経営に溶けて流れて衰退するしかない企業別組合から脱却し、能力・成果主義的選別に抵抗して労働者同士の均等待遇や安定的な雇用の確保を目指す「ノンエリートたちの職場組合」に変革しなくてはいけない、と彼は指摘します。

 そして、そうしたノンエリートたちの職場組合と、「受難の労働者のために本当に動いてくれる」存在であるコミュニティユニオンとが競い合い協力しあって、ひとりひとりの労働者の受難に連帯し、職場の労働条件全体の改善に立ち上がる。組合運動の復権の鍵はそこにあると言うのです。

 彼は、仲間と共にユニオンを立ち上げたある女性の言葉を引用しながら、労働組合のあるべき姿を提示しています。「労働組合は、『劣等感を刺激して競争させる社会とは異なる空間』でなければならない、『低い自尊心や自己肯定感しかもてない人々が』支援を求めて辿り着けるような居場所でなければならない」(第5章「労働組合=ユニオン運動の明日」より)。

 熊沢さんは、新自由主義の競争と選別の暴風に抗して、労働者が自らの人権と生活を守るために必要不可欠な民主主義的空間として、労働組合運動を位置付けているのです。私がはじめてこの本に出合った時、この指摘に強い衝撃を受けました。今こそ、多くの方に手に取って欲しい一冊です。(ふれあい江東ユニオン・A)

※熊沢誠『労働組合運動とはなにか 絆のある働き方をもとめて』(岩波書店、2013年)