国のハラスメント防止指針をめぐる今後の課題 ~国際的な潮流に逆行する日本(1)

下町ユニオンニュース 2020年2月号より
    天野 理 (江東ユニオン・東京労働安全衛生センター分会)
 2019年12月、厚労省の労働政策審議会で、職場のパワーハラスメントを防止するための指針が決定されました。しかし、その内容は、「加害者・使用者の弁解カタログ」との指摘が出るほど酷い内容であり、実効的なパワハラ防止対策を求める労働者の声に応えるものではありません。職場のハラスメント禁止に向けた国際的な潮流に逆行する日本の現状と課題について、2回に分けて報告します。
1.職場のパワハラ防止の法制化
 2019年5月末、国会で労働施策総合推進法という法律が改正され、事業主に職場のパワーハラスメントを防止する措置を取る義務(措置義務)が課せられることになりました。この法律は、大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から施行されます。
 今回の法律では、対象となるパワハラについて、次の3つの要素を含むものとして定義しています。①優越的な関係を背景とした言動で、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもので、③労働者の就業環境を害するもの。そして、事業主の義務として、こうした職場のパワハラを防止するために、①パワハラ防止の社内方針の明確化や周知、②労働者からの相談に対応する体制の整備などを定めています。
 しかし、今回の法制化は、あくまでも事業主にパワハラを防止するための措置を義務づけただけで、パワハラそのものを禁止する規定は設けられませんでした。
 そもそも、「労働者の就業環境を害するもの」という定義では、ハラスメントが労働者の尊厳や人権を侵害するものだという視点が欠けています。また、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」という定義には、「職場において、上司による一定の範囲の教育や指導は当然だ」という考えが前提にあります。労働法では本来、使用者と労働者は対等の関係にあり、労働者の尊厳や人権を侵害する指導は、それがたとえ「業務上必要」であっても許されないはずですが、今回の法律では、そうした視点は抜け落ちています。
2.ILO条約「仕事の世界における暴力およびハラスメントの根絶に関する条約」
 2019年6月、国際労働機関(ILO)で、「仕事の世界における暴力およびハラスメントの根絶に関する条約」が採択されました。この条約は、日本の5月の法制化を上回る内容で、包括的に職場での暴力やハラスメントを根絶しようとする国際的基準です。仕事に関連するあらゆるハラスメントを幅広く禁止することをはじめ、被害者の保護・支援や職場レベルでの紛争解決の仕組み作りなどを各国に求めるものです。
 この条約では、対象とする「仕事の世界における暴力およびハラスメント」について、非常に広く定義しています。そのため、日本のパワハラの定義にある「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」という条件はありません。業務上必要な範囲であろうと、身体的、精神的、性的、または経済的なダメージを引き起こす可能性のある行為や慣行であれば、この条約で禁止されるハラスメントとなります。
 また条約は、「契約上の状態にかかわらず働く人、インターンおよび見習いを含む訓練中の人」さらに「ボランティア、休職者」まで、「仕事の世界」にかかわる幅広い人々をその保護の対象としています。
 このように、ILO条約では、仕事に関連する非常に広い範囲の暴力・ハラスメントを対象として、その禁止と根絶を図ろうとしているのです。 (続く)